「暇と退屈の倫理学」

好奇心の対極にある退屈に関する哲学本。

パスカルによれば、「人間の不幸などというものは、どれも人間が部屋にじっとしていられないがために起こる。部屋でじっとしていればいいのに、そうできない。そのためにわざわざ自分で不幸を招いている。」

退屈について著者は、ハイデッガーの分類をもとに論を進めている。ハイデッガーの分類とは次のとおりである。

第一形式:何かによって退屈させられること。
第二形式:何かに際して退屈すること。
第三形式:なんとなく退屈だ。

著者は、第三形式を経てハイデッガーの言う「決断」をした人間は第一形式の中にある人間と変わらず「奴隷」になっていると言い、第二形式こそ「退屈と切り離せない生を生きる人間の姿そのものである」としている。ゆえに、退屈の第二形式の中の気晴らしを存分に享受すること、即ち「人間であることを楽しむこと」を提言している。そして、「人間であることを楽しむこと」で、「一つの環世界にひたっている高い能力をもち、何らかの対象にとりさらわれている」状態、即ち「動物になること」を待ち構えることができるようになるとしている。

しかし、著者の言う「退屈の第二形式の構造を悪用し、気晴らしと退屈の悪循環を激化させる社会」である「消費社会」の枠組みから脱することは容易ではない。容易ではないからこそ、「消費社会」が成立しているのだから。

最終的には自身で自身の結論を導き出していくしかないが、哲学本の中では格段に分かりやすく、いろいろと示唆を与えてくれる本なので、一読の価値があると言えるだろう。