「世界経済、最後の審判 破綻にどう備えるか」

マクロ経済学や金融にあまり詳しくないので細かいところまで理解できている自信はありませんが、この本が発行された1年ちょっと前の時点で既に、世界はかなり危険な状況にあったことがわかります。

特に、ウイルスの影響を最も強く受けているイタリアにおいて、国債利回りの上昇が貸出金利上昇を通じて銀行の収益を損ねかねないこと、加えて不良債権処理が滞っていることから貸出金利のさらなる上昇につながりかねないことは、ウイルス禍が収束したときに直ちに顕在化する可能性が高いのではないかと思われます。また、日本の地銀の収益環境も着実に悪化しており、債券・株式の売却で益出ししている状況であったことを考えると、債券・株式の価格下落で最終赤字に陥る地銀が急増する可能性も非常に高いでしょう。さらに恐ろしいのは、日銀が保有するETFの時価が大幅に低下した場合、日銀が債務超過に陥ること、にもかかわらず、株式市場に与える影響を回避しながら売却できるレベルをはるかに超えるETFを既に保有していることです。この点についてリフレ派の一部は、紙幣を刷って日銀が国債・ETFを買い支え続ければよいと主張するのでしょうが、それはあまりに乱暴な考え方であるように思われます。

本書ではさまざまなデータが図表等で示されていますが、その中で私が興味を持ったのは次のとおりです。

  • IMFの分析では、1人当りGDPと移民比率の間に明確な相関が見られる
  • OECDの分析では、欧米はリーマン・ショック後に潜在成長率の低下傾向が強まった
  • 1998年度から2012年度までの生鮮商品を除く消費者物価上昇率は各年度の平均で約▲0.3%と小幅な下落基調にすぎず、消費者物価統計に大きなウエイトを持つ家賃の下方バイアスを考慮すれば、デフレ局面でも物価上昇率は概ね安定していた
  • BISの2015年の論文によれば、「世界恐慌時にのみ生じたかなり特殊なデフレ・スパイラルが、デフレ時の普遍的な特徴であると誤解された結果、マイルドなデフレに対しても過剰な金融緩和が実施されやすい。それが資産インフレと過剰債務を生み出し、それが、いずれは逆に、資産デフレと過剰債務の削減(デレバレッジ)を生じさせやすい。そうなれば、マイルドなデフレとは比べものにならないほど深刻な打撃を経済に与えてしまう」
  • IMFの分析では、リーマン・ショック後の景気回復局面では、先進国、新興国とも労働分配率はほぼ横ばいの安定傾向をたどっており、リーマン・ショック後に労働者から企業に大きな所得分配の偏りが生じたとはいえない
  • 1991年から2014年にかけて製造業での労働分配率が最も低下しているのは、資本装備率(労働者1人当り資本設備額)の上昇によるものと考えられる

一方で、次の内容については著者の言うとおり解釈してよいのか疑問が残りました。

  • リーマンショック後の出生率の低下は、経済状況の悪化、特に雇用の減少の影響を強く受けている
  • OECDによれば、日本のジニ係数は2007年の0.33から2016年の0.33、所得分配の偏りを示す倍率は2007年の6.0倍から2016年の6.1倍とほぼ横ばいであり、所得格差が拡大しているとはいえない

著者は、日銀によれば潜在成長率に過去10年ほぼ改善が見られないこと、特に企業の技術革新などを通じた生産性の向上を反映するTFP(全要素生産性)の寄与度が近年目立って低下していることを問題視しており、内需主導型経済への構造転換を主張していますが、具体的な打ち手を示していないのは消化不良が残ります。

その一方、金融危機により世界経済が悪化した場合、経済低迷下で多くの新興国が中国の支援を仰ぐようになり、中国の影響力が一段と高まるのが最も蓋然性が高いシナリオとしているのは肯けるところです。その帰結として、「トゥキディデスの罠」に陥るのか、注意深く見守っていきたいと思います。