「睡眠の科学」

睡眠と覚醒のメカニズムを科学的に解説している本で、大変満足できる内容でした。人生の約1/3を占める睡眠が単に肉体を休めるだけのものではないことがよく分かります。自分がいかに睡眠を削っているかを自慢するような人には是非読んで頂きたい内容です。

人間は眠るとまずノンレム睡眠に入りますが、これはPCのスリープモードのようなもの。その60~90分後には、脳が覚醒時と同様以上に活動を高めるようになります。これがレム睡眠で、感覚系(インプット)や運動系(アウトプット)が遮断されており、言わばオフラインの状態。断眠の後で眠ると、通常より早くレム睡眠に入ったり、レム睡眠が長時間続いたりすることから、睡眠全体だけではなく、レム睡眠の恒常性を維持しようとする機構があることが分かります。さらにノンレム睡眠とレム睡眠について、次のとおり補足しておきます。

  • 記憶の固定や整理にはノンレム睡眠が大きく関わっていて、特に深いノンレム睡眠が記憶の強化にとって重要
  • 浅いノンレム睡眠のときにも夢を見るが、レム睡眠時に奇妙な夢を見るのと違って、多くはシンプルな内容
  • グリア細胞がつくっている血管周囲腔(血液の周囲に脳脊髄液を循環させる経路)において脳細胞への栄養供給と老廃物の排除を行う「グリンパティックシステム」が機能するのは、主にノンレム睡眠のとき
  • ノンレム睡眠時には、モノアミン作動性システム、コリン作動性システムとも活動が低下する
    • モノアミン作動性システムとは、ノルアドレナリン、セロトニン、ヒスタミン、ドーパミンなどの神経伝達物質をつくるニューロンによるシステム
    • コリン作動性システムとは、アセチルコリンという脳内物質をもつニューロンによるシステム
  • レム睡眠時には、モノアミン作動性システムが完全に活動を停止する一方、コリン作動性システムが大脳皮質を強力に賦活する
  • レム睡眠時にはまた、扁桃体や海馬が活動する
    • レム睡眠時に見る夢が様々な感情を伴うのは、扁桃体の活動と関係している

筆者は、ノンレム睡眠の機能については、ジュリオ・トノーニの説を挙げて、次のとおり述べています。
「覚醒時に大脳皮質が活発に活動することにより、大脳皮質のニューロン間のシナプス強度が全体的に上がることが睡眠負債であり、睡眠時には、不必要な(重複した)シナプスが削除され、必要なシナプスが残されることによって、脳内のシナプスが「最適化」され、脳全体のシナプス強度は元に戻る」

一方、レム睡眠の機能については、情報にどれだけの重要性があるかを判断する大脳辺縁系(海馬や扁桃体)の情動システムが活発に働いていることから、記憶の重要性に応じた重みづけと整理が行われていると筆者は考えています。

私もこれまで睡眠の機能や重要性については誤解していました。睡眠が記憶や脳に与える役割について、さらに研究が進むことを期待します。

最後に、一般的に誤解されていると思われることも、Tipsとして残しておきます。

  • レム睡眠時に交感神経系と副交感神経系の活動が大きく変動することで、心拍数、呼吸数の増加と勃起が起こる
  • 食後に眠くなるのは、血糖値が上がるとオレキシン(覚醒を促し維持する脳内物質)作動性ニューロンの活動が低下することが関与している
    • 脳に血液が回らなくなるからでは決してない
  • GABAを経口摂取しても、血液脳関門に阻まれ、ほとんど脳内には入らない
  • 眠気を払いたいときは、手足を冷やすとよい
  • カフェイン飲料で早く眠気を解消したいときはホットの方がよい
  • 食餌同期性リズムは体内時計よりも優先的に身体をコントロールする
    • 光による体内時計リセットの調整幅は1日1.5時間程度しかない
  • 歳を取ると睡眠時間が減少し、60代以降になると第4段階のノンレム睡眠がほとんど見られなくなる
    • 脳の成長と老化によって睡眠の必要性が低下する