「日本人の9割が知らない遺伝の真実」
行動遺伝学を専門にする学者の著書。この中で科学的に述べられていることは、そう多くはありません。
- IQの相関係数は、青年期で、一卵性双生児が0.73、二卵性双生児が0.46
- IQとは、「世間一般で「頭がいい」と考えられている能力をできるだけ多くピックアップし、それをテストの形式にした」もの
- 遺伝子の共有率は、一卵性双生児で100%、二卵性双生児で約50%と、2:1の関係
- これらから導かれる青年期のIQの個人差は、遺伝54%、共有環境19%、非共有環境27%
- 共有環境とは家族のメンバーを「似させようとする環境」、非共有環境とは「異ならせようとする環境」のことで、「共有環境も非共有環境も、双生児の相関係数だけからは、その効果量の総体の相対的な大きさしかわからず、その実体は何だかわからない」
- イギリスの双生児の調査では、「学習動機に及ぼす先生の違いからくる影響力は、あっても2~4%程度」で、「教え方やクラスのちがいよりも遺伝の影響の方がずっと大きかった」
- 「ビリギャルのようなケースが皆無とまではいいませんが、滅多に起こることではありません」
- 教育によって、もとの個人差を維持したまま能力の平均が上がったり、個人差が少なくなるわけではなく、「往々にして個人間の格差を拡大させる方向に働く」(科学的根拠は示されていない)
- IQにおける「遺伝の影響力は成長とともに徐々に上がる」
- アメリカの行動遺伝学者ロウらによれば、「収入の42%が遺伝、8%が共有環境、50%が非共有環境によって説明できる」
- 収入の遺伝的影響のうち、IQや教育年数によって説明できるのは29%
- 日本の20歳から60歳までの双生児データでは、男性の場合、収入に及ぼす影響は、20歳頃は遺伝20%程度、共有環境70%程度だが、徐々に共有環境の影響が小さくなる一方で遺伝の影響が大きくなり、45歳頃では遺伝が約50%となり、共有環境はほぼゼロになる
- 収入の遺伝的影響のうち、学業成績や教育年数で説明できるのは約半分
学者が書いていることなので如才ないこととは思うのですが、相関係数で比較するのは適当なのでしょうか? 相関係数は相関の強弱を示すものですが、単純比較できる比尺度ではないので、相関係数を2乗した決定係数(寄与率)で比較すべきなのではないかと思い、決定係数で同じ2次方程式を解いたところ、遺伝が64%と高まる一方で、共有環境がマイナス11%となり、説明不能となってしまいました。仮に二卵性双生児における共有環境の影響を完全に無視するとすれば、遺伝42%、共有環境22%となります。遺伝の影響が最も強く、共有環境(親や家庭)の影響が最も弱いという結論に異論はないものの、数値の確からしさについては疑問が残りました。
細かい数値以外の全般的傾向については、私にとっては頷ける内容となっています。過激な言い方ではありますが、「学校教育とは売春宿である」というのも同意します。
この著書の通りだとすると、終身雇用を前提とした新卒採用というのは、企業にとっても本人にとっても遺伝的素養が十分に発現する以前のマッチングであるためあまり意味がないし、一定年齢以上(30代半ば以降?)の社員を対象とした教育というのも、歳とともに遺伝的影響が強くなるのであれば、知識を与える以外での意味はあまり感じられません。また、モチベーションなるものがよく喧伝されますが、低いよりも高い方がよいという程度のものに過ぎないかもしれません。
平成28年雇用動向調査によれば、19歳以下のパート以外の女性と20代のパートの女性を除けば、転職入職率は20%を下回っており、退職理由についても関心や適性より待遇面の比率が高くなっています。それだけ仕事を選びやすい社会になっていないということでしょうが、その理由の一つは適性がない社員でも依然としてなかなかレイオフできない労働法制にあると思います。しかし、労働法制は既得権者の抵抗で容易には変わらないでしょうから、採用の精度をいかに上げていくかを企業としては考えるしかありません。
著者は「人間は年齢を重ねてさまざまな環境にさらされるうちに、遺伝的な素質が引き出されて、本来の自分自身になっていく」と述べていますが、データの解釈の妥当性はともかく、そのように考えられることは年齢を重ねることに大きな意味を与えるものだと思います。自身の経年変化をそのように受け止めて、たとえ自身としては気に入らない形質であっても良いものは受け入れ、悪い形質には注意を払って抑制した方がよいと思いました。