「日本企業の勝算―人材確保×生産性×企業成長」
よく売れている本のようだったので、どうせ大した内容でもないだろうから軽く読み飛ばせばいいやと高を括ってKindle版で読んだのですが、予想に反し、エビデンスをもとにしっかり論じられている本でした。Kindle版でなくハードカバーで購入すればよかったと後悔しています。
この本の主張を端的にまとめると、
日本の生産性が低いのは、そもそも生産性が低い中小企業の比率が高いから、
中小企業の生産性が低いのは、そもそも規模が小さいから、
日本の生産性を高める必要がある現在では、中小企業の保護政策は不要、
というものです。私にとっては耳の痛い話ではありますが、まったくもって肯ける主張です。「monopsony」という用語は今回初めて知りました。
一点だけ掘り下げが足りないと思ったのは、最低賃金を上げた結果として中小企業の倒産・廃業が増えた場合、労働生産性は上昇するかもしれませんが、それ以上に労働参加率が低下して、生産性を下げることになりかねないかという点です。なぜなら、中小企業で働いている人の中で、大企業へ転職できる人は多くない印象を持っているからです。これは労働者側の問題もありますが、大企業は依然として中途採用の門戸を開いていないため、中小企業に入って中高年になってしまえば、より良い条件での転職は望めないのが今も日本の実情と思われます。ドイツやイギリスでは最低賃金の導入や引き上げによってもなお雇用が増加したとの記述がありますし、日本の労働参加率と最低賃金引上げとの相関係数は0.904と極めて高いようですが、将来出版される書籍でさらに掘り下げて頂けるとありがたいと思います。
本書の中で取り上げられているエビデンスや著者の分析で、憶えておきたいものを備忘として残しておきます。
- 労働者1人・1時間あたりの社会保障負担額は現在824円で、2060年には2,150円へ増加する
- 世界的に、年金の健全性は企業の生産性と強い相関関係がある
- 生産性は現在約724万円だが、GDPを2060年時点で維持するには、1,258万円まで上げなくてはならない
- 国際競争力ランキングとその国の所得の中央値との間の相関係数は0.82
[世界経済フォーラム] - スペインにおける大企業と小企業の生産性の違いは、1994年時点では50%が企業規模で説明できたが、1998年には80%まで拡大した
[Differences in Total Factor Productivity Across Firm Size: A Distributional Analysis (2005/8)] - スペインにおいて小企業が多いから生産性が低いのか、経営者の質が低いから生産性の低い企業が多くなったのかについて因果関係を分析した結果、結論は後者だった
[Growing by Learning: Firm-Level Evidence on the Size-Productivity Nexus (2018)] - 経営の質と生産性の間の相関係数は0.81で、経営の質が0.7ポイント上がると生産性は45%改善する
[Measuring and Explaining Management Practices Across Firms and Countries (2007/11)] - インドでは、作業のプロセスや商品が企業によってあまり違いがない業種でも、生産性の上位1割の企業と下位1割の企業では生産性に100%の違いがある
[Does Management Matter? Evidence from India (2010/12)] - イタリアにおいては、非正規雇用が認められたことで低賃金での雇用確保が可能になり、リスクのあるICT投資のインセンティブが失われたほか、経営者の平均年齢の上昇も生産性低迷の原因
[Experience, Innovation and Productivity: Empirical Evidence form Italy’s Slowdown (2010)] - 国全体の生産性を決定するのは、資本や人材以外の資源をいかに有効に配分するか、つまり全要素生産性であり、相関係数は0.889
[Why Do Some Countries Produces So Much More Output per Worker than Others? (1999/6)] - 大企業の生産性が全体に占める比率とその業種全体の生産性の間の相関係数は0.84で、その業種の大企業で働く人の比率とその業種全体の生産性の間の相関係数は0.79
- 海外と同基準で日本の大企業労働者比率を計算すると約20%で、アメリカの半分以下である一方、従業員20人未満の企業で働く人の割合は20.5%で、アメリカのほぼ倍
- 日本の上場企業の平均社員数はアメリカの45.3%で、製造業を除くと26.7%にすぎない
[Service Sector Productivity in Japan: The Key to Future Economic Growth] - 各都道府県の生産性と企業の平均規模の相関係数は0.83、小規模事業者の生産性と最低賃金の相関係数は0.82
[中小企業白書 2019年版] - 特に人口減少が顕著な地域で、中小企業の事業所の割合と、中小企業の事業所に勤務する従業員数の割合が高い
[中小企業白書 2019年版] - 日本では売上高1億円以下の企業が全体の50%強で、全企業の中央値は9,900万円、平均値でさえ4億8,100万円
[中小企業白書 2019年版] - 大企業の生産性826万円に対し、中小企業全体では420万円で、中堅企業は457万円、小規模事業者は342万円
[中小企業白書 2019年版] - 日本の農業、宿泊・飲食業、小売業、生活関連サービス業は、国内で最低水準の生産性で、海外の同業種に比べても低い
- 2003年の人口1,000人当たりの小売店舗数は、アメリカの6.1店に対し、日本は11.2店
[Macroeconomic Implications of Size-Dependent Policies (2008)] - 景気の動向と関係なく、1974年以降ほぼ一貫して赤字企業が占める割合が増加
- 2011年比で、国内の企業数は60万社以上減少したが、雇用は370万人増加した
- 製造業、建設業、小売業は企業数と従業員数が最も減少した業種だが、付加価値の絶対額が増えている
[中小企業白書 2019年版] - 日本の輸出総額は世界4位の一方、対GDPの輸出比率では世界160位
[世界銀行] - 2017年の日本のICT輸出総額は世界21位で、フィリピンより少ない
[IMF] - 2010年に設立された企業で、2012~2017年で規模を変化させなかった企業は存続企業の52.1%
[中小企業白書 2019年版] - 高成長企業は新しく生まれる企業の約5%
[OECD]