「学ぶ脳-ぼんやりにこそ意味がある」
コンパクトな分量ながら、非常に分かりやすくまとまっており、数えきれないくらい付箋を貼りました。最近読んだ本の中で特におすすめです。
「日中に脳が消費するエネルギーの半分以上は、この(注:一見休んでいると思われる)安静時脳活動で消費されて」おり、「安静時に高い活動を示す脳の部位、すなわちネットワークは、他者理解、自己認知、回想的な記憶、物語の理解、想像性、創造性などに関わることが判明してきた」そうです。安静時の活動の主体をなすのは、基本系ネットワーク(正しくは、default mode network)と呼ばれる、主に前頭前野と頭頂連合野の内側と、頭頂連合野の下部外側領域の一部を含む領域のネットワークで、自由に想像するなどの発散的思考や、社会的認知(自己と他者との関係)、特にナラティブ(自己に関する回想的・展望的な語り)の形成に関わっているとのことです。
内容がとても豊富なのでサマリーのようなものは書きようがありませんが、この本を読む意義を一言でいうなら、脳(即ち自己)にとっては、年がら年中忙しそうにしていたり頭を掻きむしっていればよいわけではない、ということが分かるところでしょう。
私の中で気づきがあった箇所を、備忘のため以下に記しておきます。
- 「大脳皮質のネットワークには、ネットワークの出力が同じネットワークに入力する再帰的構造がいたるところにある。そうした中で信号が繰り返し処理されると、そのネットワークのシナプスの状態は最も安定する細胞の活動状態に落ち着く(収束する)。この収束するネットワークのパターンが記憶内容の実態である。」
- 「副交感神経には二種類あり、過剰なストレスで身体反応を制止し、虚脱して気を失ってしまう背側系と、適切なストレスで、豊かな情動表現をとり、ストレスに対して融通性のある対応ができる腹側系から成り立つとされる。(略)養育者から早期に隔離された状況では背側系が優位になりストレスに弱いが、養育者がいると腹側系が優位になり、外界からのストレスへの対応力が増すことが分かる。」
- 長期の記憶は、意識化でき、言語または映像として報告できる明示的記憶=エピソード記憶と、行動でしか示せない、スキルや習慣のような暗示的記憶=手続き記憶に分けられる。エピソード記憶は、思い出すたびに再定着の過程で記憶に変化が起こり、その影響が後まで残る。
- 「記憶はシナプス強度に差があるから情報として読み取れるのであって、すべてのシナプスが強化されたら、何を読み取ればよいか分からなくなってしまう。このため、睡眠時には、特定の記憶が定着するだけでなく、記憶に関係する細胞間の結合の強さが全体として調整され、結果として忘却と記銘のバランスが保たれるのだ。無意識の中で記憶の固定が起こることから、何かを記銘した後、単純に記憶はどんどん忘れられるだけでなく、レミニセンスといって、記銘した直後よりも、数日経ってからの方が、記憶をよく想起できることがある。」
- 「記憶脳の働きで、その人の状況や行動、判断や感じ方が形成されると、それがまとまって行動特性となり、(略)個人の性格形成に影響を与える。性格も非認知的スキルの一つである。」
- 確証バイアス: 自分の持つ認知バイアスに都合の良い情報を集め、先入観をさらに強める傾向
- 「ナラティブ思考は定性的な思考で、偶発的なエピソードから構成された一連の物語に基づいた意味づけ(センスメイキング)を行う思考である。論理的な関係より、むしろ逸脱したり例外的なものにより重要性を見出し、理解しようとする認知過程である。(略)こうした発散的思考とも呼ばれる思考では、断片的な知識や情報から、本来そこに無い情報を付け加えて新しい物語を構成するナラティブとして、対象を捉えることになる。」
- 「マルチタスクの状況は脳の働きからすると、実はあまり効率の良い使い方ではないことが分かっている。なぜなら、マルチタスクの際には、脳はそれぞれの課題の間を早く切り替えているに過ぎないので、注意に盲点が生じることと、また、切り替わった際には再度課題に対応するには十分な脳の準備ができていないため、シングルタスクの時よりもパフォーマンスが低下しやすいからである。」
- バーナム効果:「曖昧な表現を使うことで、多くの人にあてはまるような錯覚を起こさせる効果」
- 「一人の人に潜在的には複数の性格特性があり、状況によってそれぞれ違った性格特性が発現してくる可能性が示唆されている。」
- 肯定錯覚(ポジティブバイアス):「自分の判断の正しさを実力以上に評価する傾向」
- 「大人になって学びの意欲が減ったり、創造性が低くなったと感じるのは質問力の低下が原因であるが、それはさらに深いところでは、「知らないことを知らない」とすることで無知を認めるというストレスを避ける、長年の学びの結果であると考えられる。」
- ツァイガルニク効果:「問題が解決せずに中途半端な状況に置かれると、簡単に分かってしまった事柄よりも記憶によく残るという現象」
- 「非認知的スキルが、特定専門分野の認知的スキルと同様に、またはそれ以上に学ぶべきスキルであることが教育経済学の立場から指摘されている。」