「偶然の科学」

アメリカの社会学者による2011年の著作。原題は「Everything is obvious, once you know the answer」で、日本語のタイトルより原題の方が忠実に内容を表現しています。アメリカの学者による著作の翻訳なので冗長な言い回しは見られるものの、目新しいかはさておき、大変示唆に富む内容です。

著者は、「常識は世界観というより、つじつまの合わないしばしば矛盾した信念の寄せ集めであり、いまは正しく思えても別のときにまで正しいとはかぎらない」ものだとし、「われわれが実社会を常識によって解釈するときに頼っている直観と経験、そして一般に受け入れられた知恵の組み合わせ」に潜む推論の誤りを、次のように述べています。

「(略)出来事があってはじめて説明を求めるせいで、「起こってもおかしくはなかったが起こらなかったこと」よりも、「実際に起こったこと」の説明に偏りすぎる。(中略)実際に起こったことを述べているだけで、どんな仕組みが働いたかはまったくと言っていいほど語ってない。にもかかわらず、(中略)われわれはそれに予測の力があるかのように扱う。」
「常識も合理的選択理論と同じで、人々の行動には理由があると主張する。(中略)だからといって、われわれが人々の行動やその理由を前もって予測できるとはかぎらない。」
「(略)われわれには観察した行動に意味づけをする感嘆すべき能力があるからといって、行動を予測する能力までがあるわけではない(略)。」

経営に係る言説においては、このような後付けでの法則化が横行しています。モナリザはその特質ゆえに最初から最高傑作と評価されたわけではなく、「エネルギーや人脈によって本をベストセラーにしたり製品をヒットさせたりできるほどの影響力の強い人物は、十中八九タイミングと状況の偶然によって生まれる。いわば「偶然の重要人物」なのである」にも係らず、心理学者の様々な実験から明らかにされているとおり、「単純な説明のほうが複雑な説明よりも正しいと判断される」ために広く一般に受け入れられやすくなっています。

そのうえで著者は予測について、次のように述べています。
「常識からすれば立てられそうな予測も、実際には立てられないということだ。それはふたつの理由による。
第一に、常識はたったひとつの未来だけが起こると教えるので、それについての明確な予測を立てたくなっても無理はない。しかしながら、われわれの社会生活と経済生活の大部分を構成する複雑なシステムでは、ある種の出来事が起こる確率をなるべく正しく見積もることくらいしか望めない。
第二に、われわれはいつでも予測を立てられるが、常識は興味を引かない予測や重要でない予測の多くを無視し、重要な結果に注目するよう求める。だが現実には、どの事件が未来に重要になるかを予想するのは原理的にも不可能である。」

では、シナリオ・プランニングを用いたり、戦略的柔軟性を重視すればよいのかと言えば、著者はそれも次のように否定します。
「どう見ようとも戦略的計画は予測をともない、(中略)重要性が明らかになってからでないと、何を懸念すべきか知りえないという問題に突きあたる。」

結局のところ著者は、「計画者は未来に何が役立つかを正しく予測しようとするのではなく、現在役立っているものについて知る能力を向上させなくてはならない」とし、「予測とコントロール」から「測定と対応」への変化を唱えています。

私自身も上場企業の経営企画担当役員であった頃には中長期計画の策定に否定的であり、中期計画を投資家に開示しないことにしていたため、著者の主張には大いに頷けるところですが、企業によっては製品や市場の開発に相応の時間を要する場合もあり、中長期戦略の構築を相談されるコンサルタントとしては非常に悩ましいところです。ただ、少なくとも予測を立てる上での次の留意点については伝えておくべきだろうと思います。

「複雑なシステム(中略)では、何が起こるかを正確に予測することには厳しい限界がある。だがその反面、できることの限界近くまではわりあい簡単な方法でたどり着けるように思える。」
「われわれがおこなうべきなのは、多数の個人の意見を、それが専門家であろうとなかろうと調査し、平均をとることである。」
「われわれはいくつも予測を立てるが、それがどれくらい正しかったかをあとからたしかめることはめったにない。しかし、成績の追跡調査は最も重要な行為だと言えるかもしれない。これをおこなってはじめて、どれくらい正確に予測できるかがわかるし、ひいては予測にどれくらい重きを置くべきかもわかるからだ。」

引用が多くなりましたが、それだけ示唆に富む内容であったということでご容赦下さい。最後にもう一つ、私にとって最も意義深かった次の言葉を引用させて頂きます。
「才能は才能であり成功は成功であって、後者は必ずしも前者を反映しない」